ロレックスやオメガ、IWCなど、名だたる時計ブランドはその実用性や信頼性から高い価値を見出され、アンティーク愛好家たちの間ではいまなお高値で取引されている。
だがしかし、汎用ムーヴメントの採用や他社との協力開発によって良質な製品を生み出し、手ごろな価格帯で人知れず生き残り続けてきた傑作時計も数多く存在する。そこで今回は、マイナーだが確かな品質を備えた、隠れた名作シリーズを紹介する。
モバード
トランスアトランティック Sub-Sea50
今回紹介するのは、1960年代に製造されたモバードのトランスアトランティック Sub-Sea50だ。有名宝飾店が販売した腕時計の製造を担うほどの実力を備え、堅実で高品質な時計作りが特徴であったモバードだが、60年代に突入すると実用品としての量産性が求められるようになった。モバードは自社で優れたムーヴメントの製造を行っていたが、あまりにも高コストで大量生産に向いたものではなかったのだ。そこで同社は、今回紹介するモデルのように、エボーシュムーヴメントをベースに製造を行うことで生産性を高めようとしていたと考えられる。

【写真の時計】モバード トランスアトランティック Sub-Sea50。SS(35mm径)。手巻き(Cal.298)。1960年代。8万8000円。取り扱い店/Watch CTI
スナップバック式の防水ケースに、手巻き中3針のムーヴメントを搭載した古典的な構成だが、シンプルなデザインとあいまって、無駄のない洗練されたパッケージングが魅力的だ。筋目仕上げのシルバー文字盤やドーフィン針には、目立った腐食や変色は見られず、良好なコンディションを保っている。
ムーヴメントにはETA2408をベースとしたCal.298を搭載。歯車を押さえる受け板はモバードらしい曲線的な造形にモディファイされている。アンティーク市場においても自社製ムーヴメントが好まれる傾向が見られるものの、補修部品の入手の難しさや整備性の観点から、エボーシュムーヴメントの利点も見逃せない。
筆者自身も、すでに廃番になってしまったうえに、特殊な構造のムーヴメントを搭載する腕時計を修理に出した際に、高額な修理費用と1年以上の修理期間を要した苦い経験がある。そのため、比較的容易かつ安価に修理が可能なエボーシュ、または量産されたムーヴメントを搭載する腕時計は、時計を長く使用したい人にとって非常におすすめできるものなのだ。
安定した性能を誇るETAベースのムーヴメントと、使用シーンを問わないシンプルなスタイリングの組み合わせは、アンティークウオッチ初心者にもおすすめできる要素と言える。玄人向けのイメージをもたれがちなモバードの中でも、使用者を選ばないマイルドなスペックの1本だ。ただし、防水性能についてはあまり期待できないため、水気や湿気を避けて使用することを推奨する。
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文◎LowBEAT編集部/画像◎Watch CTI