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そのなかから編集部が注目するモデルの情報をお届けしよう。
セイコー
クロノス セルフデーター
今回紹介するのは、東京・亀戸に工場を構えていた第二精工舎が、1958年に初めて独自に設計を行った男性用中3針の“セイコー クロノス”の派生機、セイコー クロノス セルフデーターだ。デイト機能付きの本個体は1961年頃から製造が開始されたシリーズで、3時位置のデイト窓と金張りのスリムなケースが特徴的だ。
太平洋戦争後、亀戸に工場を構えていた第二精工舎は空襲の被害を受けたこともあり、1948年になってようやく女性用腕時計の生産を再開し始める。そんな中、国内における腕時計需要の高まりに応えるべく、亀戸工場にも男性用ムーヴメントを製造する機会が巡ってくる。それが、諏訪精工舎が設計を行った男性用中3針の“スーパー”をベースとした“ユニーク”だ。
しかし、スーパーおよびユニークは、材質や工作精度、ムーヴメント径の小ささといった点から、十分な性能を引き出すことが困難で、決して満足のいく製品とは言えなかった。この問題に対し、スーパーを手掛けた諏訪精工舎は、ムーヴメント径を23.8mmから26mmへと拡大し、テンプと香箱車を大型化することで精度の安定化を図るとともに、各所の基本設計を見直した“マーベル”を生み出した。このマーベルは非常に安定した性能を実現し、国内の通産省主催のコンクールにおいても極めて優秀な成績を残している。
こうした諏訪精工舎のムーヴメント開発に影響を受け、第二精工舎が独自に設計を行ったクロノスが誕生することとなったのだ。

【写真の時計】セイコー クロノス セルフデーター。GF(34mm径)。手巻き。1960年代製。10万円。取り扱い店/ジャックロード
同モデルは、諏訪精工舎のマーベルと同じくムーヴメント径を23.8mmから26mmに拡大しつつも、薄型化も視野に入れた野心的な設計を取り入れた時計であった。
その設計面で最も特徴的なのが、機械式腕時計の精度をつかさどるテンプ周りの改良だ。従来モデルで採用されていたチラネジ付きテンワを廃し、軽量かつ大径で慣性モーメントを高めることができるスムーステンプへと変更。さらに、テンプを支える受け板を両持ちのブリッジ式とすることで、軸の通り違い(傾き)を抑え、安定性を高めていたのだ。優雅な曲線を描くブリッジの分割やパーツ配置は、後にキングセイコーに搭載されるCal.44系を彷彿とさせる。
こうした高い設計完成度をベースとして誕生したのが、今回紹介するクロノス セルフデーターである。クロノス セルフデーターは、ムーヴメント厚が4mmという、当時としては比較的薄型であったクロノスの利点を活かし、カレンダー機能を追加したモデルだ。当時の日本においてカレンダー機能が注目されていた時代背景の中、そのニーズに応えるべく開発され、後付けの機構でありながらも整備性に優れた構造を備えている点が特徴である。整備の有無や個体のコンディションによって異なるため一概には言えないが、適切な整備を施した個体であれば、現在でも十分に実用に耐えうる精度を発揮できるはずだ。ただし、本個体は完全に非防水であるため、高温多湿や水気を避けて使用することを推奨する。
クロノスの完成度を高めたもう一つの要因が、工作機械の刷新だ。1950年前後にはスイス製の汎用工作機械が導入され、これにより高精度な金型の製作が可能となった。その結果、軸受穴やガイドピンといった部品をプレス加工で高精度に仕上げられるようになり、製品全体の品質向上だけでなく、生産量も飛躍的に増大したのである。
そして、この工作機械を駆使してクロノスを製造したノウハウは、第二精工舎の技術基盤を大きく強化し、後の亀戸工場の発展へと確実につながっていった。この血統を色濃く受け継いだCal.44系やCal.45系を見てもわかるように、クロノスは設計面のみならず生産面においても大きな影響を残した名機であったのだ。
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文◎LowBEAT編集部/画像◎ジャックロード
