先日、日本を代表する自動車メーカーのトヨタが、高級車ブランド・レクサスのEV(電気自動車)クーペ「LF-ZC」の開発を中止すると発表した。トヨタにとって次世代EV群の第1弾と位置づけてられていた同モデルが開発計画の中止(大幅な見直し)になったというニュースは、自動車業界に激震を与えている。「これからはEV一辺倒だ」と声高に叫ばれていた時代が、変貌を見せているのだ。
最新のEV開発を前に、ガソリン臭い内燃機関を愛するクルマ好きたちは、どこか一抹の寂しさを抱えていたかもしれない。だが、今回のトヨタの決断をはじめとする世界的なEVシフトの失速は、かつての時計業界に巻き起こったクォーツショックとその後の機械式時計の復権とどこか重なって見える。
【画像全14枚】6万円台〜、車モチーフの機械式腕時計を一挙に見る
●クォーツショックの絶望と機械式時計の復権
1969年、それまでの機械式時計よりはるかに正確で、圧倒的に安価なクォーツ時計が登場。70年代にかけて、スイスの機械式時計産業は崩壊の危機に瀕した(いわゆる“クォーツショック”)。不便で時刻がズレやすい機械式時計など、もう誰も買わなくなると誰もが本気で思ったのだ。便利で効率的な最新技術が、不便で非効率な従来の方式(アナログ)を駆逐していく。いま自動車業界が直面している状況は、約50年前に時計界がすでに経験した道なのである。
画像をクリックして拡大

1969年に発売された世界初のクォーツ腕時計“セイコー クォーツアストロン”(※この個体は1970年製造)。機械式時計の精度が日差20秒であった時代に月差±5秒(日差±0.2秒)という高精度を実現した
しかし、歴史が証明しているとおり、機械式時計は絶滅しなかった。それどころか、90年代以降に奇跡的な大復活を遂げて現在に至る。
なぜ機械式時計は復権できたのか。それは、機械式時計が「実用的な道具」から『嗜好品・芸術品』へと完全にその価値を再定義したからだ。正確さだけならスマーとフォンやスマートウオッチで十分な現代において、私たちがわざわざ大金を払って機械式時計を着用するのは、そこに職人の手仕事への感謝や憧憬、メカとしての機械式時計にロマンを感じるからにほかならない。あえての“不便さ”や“手間”こそが、逆に唯一無二の贅沢品としての価値を高めたのだ。

黄金期の機械式腕時計。近年では“アンティーク時計”として多方面から大きな注目を集めている
●トヨタの決断の先に見えるガソリン車の“格上げ”
今回のトヨタのニュースは、車が単なる“移動のための道具”だけで割り切れるものではないという、人間の本質的な欲求を改めて浮き彫りにしているのかもしれない。
今後、あくまでも主流な日常の移動手段は、クォーツ時計がそうだったように利便性の高いEVやハイブリッド車に置き換わっていくだろう。しかし、ピストンが往復し、ガソリンが爆発し、エキゾーストノートを響かせるような内燃機関は、決して絶滅しないはずだ。

ガソリン車独特の轟音に胸が踊るクルマ好きは多いだろう
それどころか、かつての機械式時計がたどったように“あえて手間をかけて愉しむ、大人のための贅沢な文化(趣味)”として、そのステータスはむしろ一段上のステージへと格上げされるだろう。時計好きがチクタクと刻むロービートの音に耳を傾けるように、クルマ好きがエンジンの鼓動をよりいっそう愛おしく感じる時代がやってくるはずだ。
●現代人が“100年前のテクノロジー”に心惹かれる理由とは?
機械式時計好きにクルマ好きが多く、クルマ好きにも時計好きが多い最大の理由。それは同じメカであることにとどまらず、効率第一主義の現代社会において“あえて不便を楽しむ心の余裕”を有しているからであろう。
最新のデバイスやEVは確かにすばらしいが、人間の五感を刺激し、所有する喜びを満たしてくれるのは、いつの時代も古き良き設計思想に基づいた機械なのかもしれない。
著者profile◎市村 信太郎
【「性別の垣根を超える腕時計」過去記事】
■【腕時計×サッカー】W杯解説でも話題、本田圭佑氏の“両腕時計”でブレイク! ガガ・ミラノの衝撃|性別の垣根を超える腕時計 No.055
■「無理やり機械式に」時代は終わった!?【セイコー(SEIKO)ルキア】史上最小キャリバー搭載、進化型レディースメカニカル|性別の垣根を超える腕時計 No.054
■【いまの時代ならでは!】スウォッチ×オーデマ ピゲ“Royal Pop”と再再再ブーム中の“たまごっち”の共通点|性別の垣根を超える腕時計 No.053

